疑わしきは罰せず?

刑事訴訟法ノート

刑事訴訟法の目的

 刑訴法の手続きは、捜査、公訴提起、公判手続、裁判、上訴に分けることができる。

 中心は、捜査、公訴提起、公判手続、裁判です。

刑事訴訟法第1条(本法の目的)

 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

 刑訴法第1条を読むと、3点が定められています。

 1.基本的人権の保障(まずこれ)

 2.実体的真実の発見(つぎにこれ)→本当にあったことという意味

 3.刑罰法令の適用実現(さいご)

 つまり、人権保障を全うしつつ、真実を発見することが求められている!

 ・・・が、どれだけ真実を究明しようとしても

 現実は証拠が存在しなければ真実の究明はできないし

 適正手続きで集められた証拠でなければならない。→違法収集証拠は使えない

疑わしきは罰せず

 よく聞くこの言葉の根本には憲法31条(法定手続の保障)があります。

憲法第31条

 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 つまり、裁判を経て有罪が確定するまでは刑罰を科さない。

 無罪として扱わなければならない。

 これを無罪の推定と呼びます。

 無罪の推定という考え方が

 『疑わしきは罰せず』

 という原則の源泉のようなものです。

 ちなみに、裁判の段階だけでなく

 捜査の段階も含めて刑事手続全体で適用されます。

疑わしきは被告人の利益に

 これは

 証明が疑わしいときには被告人を無罪にする

 という原則です。

 犯罪事実が裁判で提出された証拠だけではあったともなかったとも決められないとき

 被告人に有利な方向で判断されます。

 これもまた、無罪の推定という原則の表れです。

検察官が訴追していない事実は裁判官は判断できない

 これを『不告不理の原則』といいます。

 現行の刑訴法では、検察官が訴追官として唯一機能する

 という国家訴追主義(247条)を採用しています。

 だから、検察官が訴追していない事実については

 裁判官は判断することができないのです。

一事不再理

 一度訴訟手続を経て無罪となった被告人を再度訴追することは禁じられています。

 理由は、被告人の人権を考えてのもので、これもまた

 『疑わしきは被告人の利益に』

 という原則からの表れです。

裁判のイメージ

 イメージ的には

 犯人と目された子どもが

 学校で担任の先生に捕まえられて校長に裁かれる

 というような一方的な事態を避けるための措置です。

 日本の裁判では

 訴追する者(検察官)が証拠を集めて有罪を立証する

 訴追される者(被告人)は自己防衛する権利がある

 判断者(裁判官)は、攻撃防御の過程を中立的立場で判断する

 という基本構造をとっています。

起訴状一本主義

 検察官と裁判官の分離を徹底した結果、日本は

 起訴状一本主義(刑訴法第256条6項)

 を採用することになりました。

 検察官が捜査で集めた証拠は、裁判所にそのまま引き継がれます。

 引き継がれる理由は

 捜査の過程と裁判官が判断する過程の連続性を断ち切るため

 であり

 裁判官は白紙の状態で公判に臨む

 という考え方からです。

 だから、裁判で『証拠調べの請求』があります。

 捜査で集めた証拠は裁判所のものになっているからです。

 同じように、被告人や弁護士も『証拠調べの請求』ができます。

起訴便宜主義

 起訴するか不起訴にするかの決定権は検察官の権限です。

 これは刑訴法第248条に規定されています。 

刑事訴訟法第248条(起訴便宜主義)

 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

 訴因変更なども検察官の専権です。

当事者主義

 起訴状一本主義や起訴便宜主義という主義は

 当事者主義

 を基調にしています。

 当事者主義とは

 当事者(検察官と被告人)が訴訟進行の責任を負う

 という考え方で、これに対し

 職権主義

 という、裁判所が進行の責任を負うという考え方があります。

 日本では、当事者主義が採用されています。

 だから

 裁判所は原則として職権で証拠調べをしたり

 検察官に対して立証を促す義務はないし

 裁判所は原則として自ら進んで検察官に対し

 訴因変更を促したり

 これを命じる義務もない

 ということになるのです。

今回の結びに

 裁判所はあくまでも審判官であり

 訴追官(検察官)が訴追してきた事実についてのみ判断する責任がある。

 それは訴追者と判断者(裁判官)が一緒にならないようにするためである。

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